喜怒哀楽を抱えたままでもよい見送りとは
大切な方を見送る時、人の心にあるのは悲しみだけではありません。
ありがとうという感謝もあります。
もっとしてあげたかったという後悔もあります。
なぜこんなに急だったのかという怒りや戸惑いもあります。
少し楽になったような安堵が混ざることもあります。
そのため、見送りの場で気持ちが整わないのは、決して不自然なことではありません。
むしろ、それだけ故人様との関わりが深かったということです。
泣いてもいい。笑ってもいい。怒ってもいい。『喜怒哀楽の家族葬®』
この言葉には、ご遺族の感情を無理に整えさせるのではなく、そのまま受け止めながら故人様を送るという想いが込められています。
喜怒哀楽があるのは自然なことです
葬儀の場では、きちんとしていなければならないと思う方が多くおられます。
泣きすぎてはいけない。
怒ってはいけない。
笑ってはいけない。
そのように、ご自身の心を抑えてしまうことも少なくありません。
けれど、本当の気持ちはもっと複雑です。
悲しみの中に怒りがあることもあります。
後悔の中に感謝があることもあります。
涙の中に、故人様らしい思い出を語る笑顔がまじることもあります。
人の心は、1つの感情だけでできているわけではありません。
だからこそ、見送りの場でいろいろなお気持ちが出てくるのは自然なことです。
感情を無理に整えようとすると、あとから苦しくなりやすいです
見送りの場で感情を抑えすぎると、その時は何とか進められても、あとから心の中に取り残されたものが痛みとして残りやすくなります。
本当はもっと泣きたかった。
本当は悔しかった。
本当はありがとうを言いたかった。
本当は思い出を笑って話したかった。
そのようなお気持ちを全部飲み込んでしまうと、見送りが終わったあとに、心が置いていかれたような感覚が残ることがあります。
喜怒哀楽を抱えたままでもよい見送りとは、この取り残された感情をなくす見送りではありません。
その感情ごと受け止めて、故人様へ向き合える見送りです。
感情の流れには、怒、哀、楽、喜があります
とーたる・さぽーと0528では、感情の流れを怒、哀、楽、喜の4つで受け止めています。
最初に、
どうしてこんなことになったのか。
もっと早く何かできなかったのではないか。
そのような怒のお気持ちが出ることがあります。
次に、
もう会えない。
もっと話したかった。
ありがとうを言いたかった。
ごめんねと伝えたかった。
そのような深い哀しみが押し寄せます。
そのあと、故人様との思い出を語りながら、少し心がやわらぐ楽の時間が訪れることがあります。
あの人らしかった。
あの時こうだった。
そう話す中で、涙の中に笑顔がまじることもあります。
そして最後に、
ちゃんと送れた。
この形で良かった。
故人様も喜んでくださっているだろう。
そのような喜びや安堵へ近づいていくことがあります。
この流れは、人によって前後します。
同じ日に何度も行き来することもあります。
けれど、それでよいのです。
感情が揺れること自体が、故人様を大切に思っている証だからです。
多くの葬儀社は形式を主に大切にします
多くの葬儀社は、葬儀の形式を主に大切にして進行します。
もちろん形式は大切です。
通夜、葬儀、火葬、埋葬と、必要な流れを整えることは欠かせません。
けれど、とーたる・さぽーと0528は、形式も大切にしながら、特にご遺族の精神的な負担や心の方向に目を向けながら進行することを大切にしています。
今、ご家族の心がどこにあるのか。
何に苦しみ、何に迷い、何を伝えたいと思っているのか。
そこを感じながら進めることで、流れだけが先に進んでしまうことを防ぎます。
私たちが大切にしているのは、こころを置いていかない葬儀です。
喜怒哀楽を抱えたままでもよい見送りとは、心を置いていかない見送りです
形式だけを整える見送りでは、気持ちが追いつかないことがあります。
一方で、喜怒哀楽を抱えたままでもよい見送りとは、ご家族の心を置き去りにせず、その感情ごと受け止めながら進める見送りです。
悲しんでよい。
怒ってよい。
笑ってよい。
迷っていてもよい。
その状態のままで、故人様へ向き合ってよい。
そこに、この見送りの大切な意味があります。
感情を整えてから送るのではありません。
感情を抱えたままでも、故人様へ心を向けて送ることができるのです。
納棺やお別れの時間が、その感情の行き場になります
喜怒哀楽を抱えたままでもよい見送りを支える大きな時間が、納棺やお別れの時間です。
納棺は、ただ故人様を整える作業ではありません。
故人様と向き合い、現実を少しずつ受け止め、最後の支度に気持ちを向ける時間です。
穏やかなお顔を見つめる。
胸の中で言葉を届ける。
手を合わせる。
涙がこぼれる。
思い出を話す。
その時間があることで、怒りも、哀しみも、やわらぎも、感謝も、少しずつ行き場を持ちます。
反対に、この時間が薄いと、
もっと向き合いたかった。
もっと見ていたかった。
もっと言葉を届けたかった。
そのような後悔が残りやすくなります。
だからこそ、喜怒哀楽を抱えたままでもよい見送りには、納棺やお別れの時間の深さがとても大切です。
葬儀のあとに気づく感情もあります
感情は、葬儀のその場ですべて出てくるとは限りません。
むしろ、見送りが終わったあとに、ようやくご自身の気持ちに気づくこともあります。
遺影を見た時。
仏壇に手を合わせた時。
故人様のお部屋に入った時。
遺品整理を始めた時。
その中で、ようやく怒りや哀しみや感謝があふれてくることがあります。
実際に、数か月後の遺品整理の中で、
これで、ようやく気持ちの整理もつきそうです。
仏壇や遺影写真なども丁寧に整理していただいて、気持ちの整理もできました。
そのようなお声もあります。
これは、見送りの当日が終われば心も終わるわけではないことを示しています。
だからこそ、喜怒哀楽を抱えたままでもよい見送りとは、当日だけを整えるのではなく、その後まで見据えた見送りでもあります。
孤独死後は、より複雑な感情を抱えやすくなります
孤独死後のご相談では、通常の家族葬以上に、さまざまな感情が重なりやすくなります。
もっと早く気づけなかった。
一人で亡くならせてしまった。
会いに行けなかった。
悲しみだけでなく、自責や怒りや悔しさが強く残ることがあります。
孤独死葬儀では、
警察からの連絡
当社に打ち合わせ
警察納棺特殊処置
搬送
火葬
通夜
葬儀
埋葬
近隣のご挨拶
特殊清掃
お部屋の開始の確認(発掘作業)
特殊清掃、遺品整理の開始
お部屋引渡し前の空の状態を確認、または動画にて確認
清算
無償20日間供養開始
という流れで進んでいきます。
このように、見送りのあとにも現実的な対応が重なっていくため、気持ちが追いつきにくくなります。
だからこそ、形式を整えるだけではなく、心の向きにも目を向けることが必要です。
特殊清掃の目安は、
1部屋なら33万円
2部屋にまたがる場合、または部屋が大きい場合は66万円
です。
遺品整理は、間取り、部屋数、荷物量、野外の荷物量などで計算するため、現場見積が必須です。
口頭見積は行わず、買取も行いません。
これは誤解や後日のトラブルを防ぐためでもあります。
そして、無償20日間供養は、特殊清掃、孤独死葬儀、家族葬のいずれをご依頼いただいた方にも行っています。
見送りが終わったあとも、ご遺族のお気持ちと故人様への想いに向き合う時間が続いていきます。
喜怒哀楽を抱えたままでも、故人様は送れます
気持ちが整っていないと、ちゃんと送れないのではないか。
そのように不安になる方もおられます。
けれど、そうではありません。
怒りがあってもよいのです。
悲しみが深くてもよいのです。
思い出の中で笑ってしまってもよいのです。
安堵がまじっていてもよいのです。
大切なのは、感情をきれいに整えることではなく、
その感情の中にある故人様への想いを大切にすることです。
喜怒哀楽を抱えたままでも、故人様へ心を向けることはできます。
むしろ、その感情があるからこそ、本当の意味での見送りになることがあります。
弘前市で家族葬を考えている方へ
喜怒哀楽を抱えたままでもよい見送りとは、感情を無理に整えた人だけの見送りではありません。
悲しみも、怒りも、後悔も、笑顔も、安堵も、そのまま抱えながら故人様に向き合える見送りです。
泣いてもいい。笑ってもいい。怒ってもいい。『喜怒哀楽の家族葬®』
この言葉の通り、とーたる・さぽーと0528は、形式も大切にしながら、特にご遺族の精神的な負担や心の方向に目を向けて進めています。
だからこそ、こころを置いていかない葬儀を整えることができます。
弘前市で家族葬を考えており、気持ちが整わない、悲しみだけではない複雑な想いを抱えている、そのような時こそ、今のお気持ちをそのままお話しください。
その感情の中にこそ、ご家族にふさわしい見送りの形があります。
